プロフィール
2004年の秋ころでしょうか「ふと僕はいま妻といられてしあわせだなあ」と感じたことが愛妻家協会を思いたったきっかけです。いまが幸福だと感じているからこんなことをやろうと思ったのだと思います。
群馬県の嬬恋村に週末農園を楽しむ仲間たちがいて「嬬恋村のために何かできないか」と相談があったとき妻が恋しいという素敵な名前を持つ場所と愛妻家協会のアイディアが結びついて一気に趣意書を書きあげました。
僕は5年前失意のどん底にいて嬬恋の友人の別荘で先妻との離婚を決意しました。その後全てを手放し今の妻と出会い再婚。その同じ場所で愛妻家協会を立ち上げ世間に臆面もなく愛妻家を表明しています。今思えばとこれは反省と失敗を繰り返さないぞという決意ですね。
愛妻家協会の活動はかつての僕のように妻に言葉をかけられずにゆっくりと大切なものを失っていくタテマエに囚われている日本の男たちを解放しようとする活動なのかもしれません。そしてゆとりと対話と遊び心でふたりの人生を主体的に楽しもうとする自立調和型の新愛妻家を目指して行こうと思うのです。 山名清隆

高原にて
読売新聞
各種原稿
会社
群馬県の嬬恋村に週末農園を楽しむ仲間たちがいて「嬬恋村のために何かできないか」と相談があったとき妻が恋しいという素敵な名前を持つ場所と愛妻家協会のアイディアが結びついて一気に趣意書を書きあげました。
僕は5年前失意のどん底にいて嬬恋の友人の別荘で先妻との離婚を決意しました。その後全てを手放し今の妻と出会い再婚。その同じ場所で愛妻家協会を立ち上げ世間に臆面もなく愛妻家を表明しています。今思えばとこれは反省と失敗を繰り返さないぞという決意ですね。
愛妻家協会の活動はかつての僕のように妻に言葉をかけられずにゆっくりと大切なものを失っていくタテマエに囚われている日本の男たちを解放しようとする活動なのかもしれません。そしてゆとりと対話と遊び心でふたりの人生を主体的に楽しもうとする自立調和型の新愛妻家を目指して行こうと思うのです。 山名清隆
高原にて
読売新聞
各種原稿
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